上司から新たな仕事を振られたけど、段取りの仕方がわからない。
試験のために勉強を始めたけど、どうやって取り組んだらいいかわからない。
一つでも心配事や気になることがあると、そこから先に進めない。
締切りまでのスケジュール管理ができない。
資料を集めてはみたものの、それらを整理することができない。
日頃から自分の要領の悪さに嫌気がさしたり、生きづらさを感じたことはありませんか?
思うように仕事ができない、いい加減な自分の性格を直したいなぁ
要領が悪いのは、あなたの性格の問題ではありません。実は記憶力を鍛えることで効果的に改善できることが知られています。
今回は要領が悪いと悩んでいるあなたへ、その原因と改善方法についてお伝えする内容です。
要領が悪い原因を心理学的に探る
そもそも要領が悪いとは具体的にどういう状態を指すのでしょうか?
先ほどの例の共通点をまとめると、
物事を計画し、実行に移すことが難しい。
論理的に考えたり、課題を解決したり、推察したりすることが難しい。
ということになります。
これらを支える心の働きのことを、心理学では実行機能(または遂行機能)といいます。
実行機能とは、自分で目標を決めて物事を計画し、それを効果的に実行する能力を意味します(Lezak, 1982)。
ここでいう目標とは、試験勉強や仕事の段取り、料理や部屋の片付け、旅行の計画などのような身近な出来事のことです。
私たちは実行機能をうまく働かせることによって、日常生活を無事に送ることができるとも言えます。
実行機能が私たちの行動を推し進める
実行機能は、意図的に構想を立てて目標を設定し(目標設定)、取るべき手順を考案・評価・選択し(計画立案)、方向性を維持しながら、経過を鑑みて計画・方法を柔軟に修正し(計画実行)、目標を念頭に置きながら行為の到達度を推測して、より効率的な戦略を選択する(効果的遂行)という一連のプロセスから成っています(福井, 2010)。
たとえば、あなたが海外旅行に行こうとする場合のことを考えてみましょう。
目標設定:目的地をハワイに決める。
計画立案:ハワイに行くために、まずはパスポートを申請して、飛行機のチケットを取得して、現地のホテルやタクシーを予約する。
計画実行:当日になったら、最寄りの駅までバスで行って、それから空港行きの電車に乗り飛行機の出発まで待つ。現地に到着したら手配したタクシーに乗ってホテルまで向かう。
効果的遂行:これらのプロセスで、パスポートの申請に必要な書類を用意したり、バスやタクシーが遅れたときの代わりの手段を考えたり、途中で体調が悪くなってしまったときの準備をしたりして、いざというときに備える。
実行機能がうまく働いているときにはこれらの一連のプロセスをうまくこなすことができます。
しかし、実行機能が低下してしまうと、目標を見失ったり、段取りが悪くなったり、融通が利かなくなったりします。
つまり、実行機能がうまく働かないことが、要領の悪さにつながっているといえます。
実行機能を向上させるためには
「要領が悪いのは実行機能のせいだってことはわかったけど、原因が分かっても変えられないんじゃどうしようもないんじゃないの?」
「安心してください。実行機能はワーキングメモリを鍛えることで改善できることが分かっています。」
これまで見てきたように、私たちが物事を計画的に効率よく進めるためには、実行機能の働きが重要になってきます。
そして、こうした人間の思考や行動のコントロールには私たちの記憶(ワーキングメモリ)が深く関わっていることが知られています。
先ほど説明した実行機能とワーキングメモリーは深い関わりがあり、ワーキングメモリーがうまく働かないと、「言われたことを覚えることができない」「作業をする手順を間違ってしまう」「同時に二つのことを行うことができない」などの問題が生じてしまいます。
まずはワーキングメモリーとはなにかを詳しく見ていきましょう。
実行機能を支えるワーキングメモリの役割
ワーキングメモリ(作動記憶)とは、思考と行動のコントロールに関わる実行機能の一つで、さまざまな課題を行うときに必要な情報を意識的に処理する記憶のことです。
言い換えれば、ワーキングメモリーとは、私たちが何かを考え行動しているときに必要となる情報を一次的(短期的)に保持し、処理する心の作業場のようなものといえます(湯澤, 2011)。
たとえば、私たちが買い物をするときのことを思い浮かべてみましょう。
スーパーマーケットでは、目当ての商品を一つずつ選んで、それぞれの値段を足して、手持ちの財布の中身で間に合うかどうかを考えながら買い物をします。
このとき、私たちの頭の中では商品の価格を合計する演算処理と、計算途中の結果や商品の値段を覚えておく情報の保持の両方を並行して行っているのです。
日常生活の中で私たちは意識的、あるいは無意識的にワーキングメモリを活用してさまざまなタスクをこなしています。
しかし、ワーキングメモリの働きが弱くなると、行動がスムーズに行えなくなる、要領が悪くなるといったことが生じてしまうのです。
ワーキングメモリがうまく働かなくなるとき
先ほどワーキングメモリは心の作業場のようなものだと言いました。
この作業場はあわただしい生活をしていると、やがて散らかりうまく物事を整理できなくなってきます。
つまりワーキングメモリの働きが弱くなることで、生活のあらゆる場面でトラブルを起こすようになるのです。
どんなときにワーキングメモリの働きが弱くなってしまうのか原因を探ってみましょう。
プレッシャー
希望する就職試験の面接、練習の成果を披露する発表会、最後の部活の試合など、大事な場面であればあるほど緊張感に飲み込まれて普段通りの実力を発揮できなくなってしまいます。
実はこうしたプレッシャーがワーキングメモリにも影響を与えることが分かっています。
ベイルロックとカー (2005)は参加者に対して「よく出来たらお金をあげる」「だけど、そうでなかったらペアの人にもお金をあげない」「専門化から分析される」とプレッシャーを与えました。
そして算数の問題を参加者に解いてもらうという実験を行ったところ、高いワーキングメモリを持った参加者ほど成績を落とすという結果になりました。
これはプレッシャーがワーキングメモリの容量を奪ってしまいパフォーマンスを低下させることを意味しています。
ストレス
過度のストレスも、ワーキングメモリにも大きな負担がかかります。
ささいなミスを気にしたり、他人の悪口を聞いたり、不幸なニュースばかりを目にしていると慢性的なストレス状態に陥ります。こうした不安や恐怖は私たちの脳の作業場を散らかしてしまうのです。
実際に、ストレスの経験頻度や強度が高いほどワーキングメモリが低下することが分かっています(Klein & Boals, 2001)。ストレスに関連する思考の抑制がワーキングメモリ容量の低下と関係していると論文では示唆されています。
加齢
ワーキングメモリは高齢になればなるほど働きが衰えることが知られています(苧阪,2009)。
60歳以上の高齢者になると、20-30歳の若年者と比べてワーキングメモリーの働きが3割ほど低下してしまいます。
また、文を読みながらいくつまで単語を記憶できるかというテスト(RSTテスト)においては、若年者よりも高齢者の成績が劣ることに加え、60代よりも70代の成績が低下するという加齢によるワーキングメモリーの衰えが明らかになりました。
その他にも、時間に追われたり、身体的な痛みを抱えたり、悩みで頭がいっぱいになっているとワーキングメモリの機能は低下してしまいます。
しかし裏を返せばワーキングメモリの働きを向上させることで、実行機能を改善することも可能なのです。
その方法とはなにか、具体的に見ていきましょう。
ワーキングメモリを高めて、要領の悪さを改善しよう
ワーキングメモリを高めるメリット
情報に優先順位をつけられるようになる
ワーキングメモリを高めることで心の作業場が広くなります。このことは、電話、メール、SNSなど、日々の生活で押し寄せる情報を管理する上で役に立ちます。ワーキングメモリがうまく働くからこそ、たくさんの情報を管理し、作業に優先順位をつけられるようになるのです。
重要なものごとに集中できるようになる
日常生活には気を散らせるものが満ちています。勉強をしようと思ってもゲームのことが頭から離れなかったり、部屋の片づけをしていてもスマホの通知が気になってしまったりと、なかなか思うようにものごとが進まないときがあります。
ワーキングメモリがうまく働くことで、余計なものをふるいにかけ、目の前のもっと重要な作業に集中することができるのです。
新たな環境に適応できるようになる
進学や就職のためにこれまでと異なる環境に置かれたり、引っ越しのために遠く離れた地で暮らすようになったりしても、すぐに適応できる人とそうではない人がいます。
強いワーキングメモリを持つ人ほど、新たな環境に適応しやすくなるのです。
ワーキングメモリはあなたが古い考え方から新しい考え方へとスムーズに移行できるようにし、以前とは違う観点からものごとを眺められるようになります。
簡単にできる:ワーキングメモリを高める習慣づくり
簡単なトレーニングと生活習慣を見直すことによって、ワーキングメモリの働きを向上させることが分かっています。
十分な睡眠を取る
ワーキングメモリを正常に働かせるためには十分な睡眠が必要です。
ノートルダム大学のジェシカ・ペインらの研究によれば、十分な睡眠がワーキングメモリの働きを強めることが分かっています(Payne, et al., 2012)。
ペインたちは、実験参加者にふたつ一組の単語を、朝と夜の時間帯にそれぞれ覚えてもらい、12時間後に試験を行いました。
その結果、夜に単語を覚えてから眠り、起床直後の朝に試験を受けた人は、夜に試験を受けた人と比べて成績が良かったのです。この結果は睡眠が私たちが記憶の倉庫に送る情報をしっかりと保管させ、永遠に根づかせる役割を果たしていることを意味しています。
アロマで癒される
私たちの生活に癒しをもたらすエッセンシャルオイル(アロマ)が、実はワーキングメモリを強めることが知られています。
ノーサンブリア大学のモスは、実験参加者をローズマリーを嗅ぐ、ラベンダーを嗅ぐ、そして何も嗅がないという3つのグループに無作為に分け、ワーキングメモリ課題を含む認知テストを行いました(Moss et al., 2003 )。
ワーキングメモリー課題では、参加者は1秒につきひとつずつ、5つの数を見せられました。その後、30の異なる数を見せられ、その数が最初の5つの数と一致するかどうかを「イエス」か「ノー」で答え、この手続きが3回繰り返されました。
その結果、ローズマリーを嗅いだグループは何も嗅がなかったグループよりも高い成績を獲得したのです。一方でラベンダーを嗅いだグループは何も嗅がなかったグループよりも成績が低下していました。これについてモスは、ラベンダーに鎮静作用があったことが原因ではないかと推測しています。
モスのその他の実験ではペパーミントにもワーキングメモリを強める効果があることが分かっています。
継続的な有酸素運動を行う
ランニングやサイクリングのような有酸素運動を継続することで、ワーキングメモリの機能が向上することが分かっています。
ラトールとロム(2017)は有酸素運動がワーキングメモリに与える影響について、過去の15件の論文を比較検討するメタ分析を行いました。
その結果、一度だけの有酸素運動を行ったグループと比べて、継続的に有酸素運動を行っていたグループの方が、ワーキングメモリの向上が有意にみられました。
継続的な有酸素運動は身体を健康にするだけではなく、私たちのワーキングメモリをも強めてくれるのです。
ワーキングメモリのエクササイズ
ワーキングメモリを鍛えるための方法として、しばしばパズルを解いたりコンピュータゲームで遊んだりする、いわゆる脳トレが推奨されています。
ニューヨーク州立大学のジェレミー・グラーベは、実験参加者に数独と記憶した数を逆唱するなどのワーキングメモリ課題を与えました。
すると、数独が得意な人は、数独が苦手な人よりもワーキングメモリのスコアが50%も高いことがわかったのです。ただし、この結果はワーキングメモリが元々高い人が数独のスコアが高かったという可能性も捨てきれません。
しかしながら、こうした脳トレを行い上達していくプロセスは、私たちのモチベーション(やる気)を高める効果があります。ワーキングメモリの働きはモチベーションにも大きく左右されることから脳トレで成果を出すことも重要なことと言えます。
まとめ
今回は要領が悪くて生きづらさを感じている人に向けて、その原因と解決法について提案しました。
大事な点をもう一度まとめると、
● 要領の悪さは実行機能がうまく働いていないから
● 実行機能はワーキングメモリを鍛えることで改善できる
ということでした。
ワーキングメモリを強くするために、以下のリストをぜひ参考にしてください。
睡眠:成人に必要な睡眠時間として7〜9時間は眠るようにしましょう。
アロマ:ローズマリーやペパーミントの香りがするものを身近に置いておきましょう。
有酸素運動:運動が苦手な人はまずウォーキングから始めて、足を慣らしていきましょう。
脳トレ:数独やテトリス、脳トレに関する本に取り組んでみましょう。
要領が悪く生きづらさを感じるのは、あなたがいい加減だからでも怠け者だからでもありません。
ワーキングメモリを効果的に鍛えて実行機能を上手く働かせ、要領の悪さを改善していきましょう。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。 次回も生活の役に立つ心理学の情報をお届けしますので、どうぞお楽しみに!
文献
Beilock, S. L., & Carr, T. H. (2005). When high-powered people fail: Working memory and “choking under pressure” in math. Psychological Science, 16, 101–105.
福井俊也 (2010). 遂行(実行)機能をめぐって 認知神経科学, 12(3+4), 156-164.
Klein, K., & Boals, A. (2001). The relationship of life event stress and working memory capacity. Applied Cognitive Psychology, 15, 565-579.
Lezak, M. D. (1982). The problem of assessing executive functions. International Journal of Psychology, 17(2-3), 281–297.
Moss M., Cook J., Wesnes K., Duckett P. (2003). Aromas of rosemary and lavender essential oils differentially affect cognition and mood in healthy adults. Int J Neurosci, 113:15–38.
Payne, J.D., Tucker, M.A., Ellenbogen, J.M., Wamsley, E.J., Walker, M.P., Schacter, D.L., & Stickgold, R. (2012). Memory for semantically related and unrelated declarative information: The benefit of sleep, the cost of wake. PLoS ONE, 7(3), e33079.
Rathore A.A.-O., Lom B. (2017). The effects of chronic and acute physical activity on working memory performance in healthy participants: A systematic review with meta-analysis of randomized controlled trials. Syst. Rev, 6, 1–16.
トレーシー アロウェイ・ロス アロウェイ, 栗木さつき (訳) (2013). 脳のワーキングメモリを鍛える!情報を選ぶ・つなぐ・活用する
湯澤美紀 (2011). ワーキングメモリと発達障害ー支援の可能性を探るー, 心理学評論, 54(1), 76-94.